こんばんは サイバーデンティスト大月歯科医院 院長の大月です。 今日の梅田先生のブログ(うーんトラックバックできない..のでリンク貼ってしまいました)に私たちの共通のお師匠の記事が載ってたので私も今日はそれ関連で書かせていただきます<(_ _)>。 思い起こせば今から8年ほど前のことです。とある田舎の病院の歯科へ大学院卒業後出張に出ていた私は、一般歯科診療の壁にぶち当たっていました。口腔外科に在籍していたので難抜歯や外科的処置には何の問題もなっかたのですが、こと入れ歯に関しては全くの???状態でした。しかし、そこは20人患者さんを見れば12?3人は入れ歯の処置をしないといけない状況だったのです。とりあえず昔の教科書を引っ張り出して入れ歯の作り方からもう一度やり直しをして診療していたのですが、できあがる入れ歯はそれは惨憺たるもので、時々口を閉じることのできない入れ歯とか作っちゃってました(^^;) 当時の私は2年ほどそこで過ごしたら、また大学へ帰って研究をしたいなあなどと野望も持っていたため、そんな入れ歯も気にもしていなかったのです。 しかしある日、すごく人の良いおばあさんが私の作った入れ歯で口の中が傷だらけになっているにもかかわらず我慢していてくださっているのを目の当たりにしたとき、このままではいけない!歯科臨床をとりあえず出張の間はがんばってみようと決心したのです。 それからというもの入れ歯関連の本は何でも読みまくりました。出張先は総合病院で歯科以外の患者さんもきているので、長い間待っている入れ歯の人を見つけては暇なときに歯形を取る練習をしまくっていました。 そうしているうちに、総入れ歯のある作り方として『桜井式(今では当時和田精密におられた堤さん達によって現在は王手デンチャーと名付けられている)』という方法があることを知りました。この方法はそれまで私が悩んでいた、総義歯の床縁の設定方法や咬合採得の方法の疑問点をすべて解決してくれるものでした。 しかし、この方法を拾得するにはこれを実際やっている先生に弟子入りするしかない!!と考えた私は当時岡山の和田精密の所長さんだった赤澤さん( 今では和田精密の結構お偉いさんになっておられますが、時々岡山に来られておもしろい話をしてくださいます)にこの方法を知っている先生を紹介してほしいと再三ひつこく頼み込んだのです。 ある日赤澤さんから『とりあえず話だけなら』ということである先生を紹介していただくことになったのです。その先生が玉野のM先生だったのです。 初めて先生にお会いしたのは確か病院ではなく宇野港の近くのお寿司やさんだったと思います。とりあえず自分の熱意を少しでも伝えなくてはと思った私はそれまで練習しまくって採りまくっていた模型を段ボール箱いっぱい持っていったのです。 しばらく黙ってその箱いっぱいの模型を見ていた先生はそのうちの一つを取り出して赤鉛筆で床外形線を書き込み始められました。そして、それじゃあ来週からいらっしゃいと言ってくださいました。そこから晴れて弟子入り(?)を認められた私はしげしげと毎週土曜日の午前中に玉野のM先生の歯科医院へ入れ歯修行に出かけるようになったのです。しかし実際はちょっと違っていたんですよねー(^^;)。まだこのころは自分がインプラント治療を行うなどとは口腔外科を専攻しているにもかかわらず全く考えてもいませんでした。ただ、入れ歯が上手になりたいという一心だったような気がします。 ちょうどそのころ梅田先生は実家の事情でやはり診療所を手伝うことになり何かと苦労されているようでしたが...このあたりからなぜ3人が知り合いとなるのかがおもしろいのですが、この続きはまた機会を見て書きたいと思います。ちょっとおもしろそうでしょう?(笑)
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